愛国心評価問題について
迫田登紀子(弁護士)

1. 福岡市校長会からの挑戦状
 「わが国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情をもつとともに、平和を願う世界の中の日本人としての自覚をもとうとする。」
 この戦前さながらの評価項目が、今年度から6年生の通知表の社会科の観点項目として盛り込まれ、学期ごとに学習到達度に応じてABCの3段階で評価されていた。驚くなかれ、これは1人の特異な校長が独断で書き入れたものではない。新学習指導要領の実施に伴って福岡市校長会の公簿委員会が通知表のモデル案を作成し、そのモデル案をみた福岡市内の全小学校(144校)中ほぼ半数にあたる69校の校長が「これはいい。」と最終判断して採用したものである。しかも、モデル案を採用しなかった学校の通知表の印刷費はその学校の負担なのに対して、モデル案を採用した学校の印刷費は福岡市教育委員会が負担するというお土産もついていた。
 これは、もはや福岡市をあげての組織的な犯行である。
 もちろん、問題意識をもったいくつかの市民団体は、いち早く福岡県弁護士会に人権救済の申立を行ったり、福岡市長や市教育委員会などに評価の削除を求める要請を出したりした。
 この組織的犯行に対しては、多くの在日外国人を抱えている大阪市教育委員会ですら、「ABC評価のような項目があるときいたことはない。」とのコメントを出し、国を愛する心や日本人としての自覚は重要だけれども、ランク付けまでは出来ないのではないかとの、かなり引いた評価をしたにすぎない。川崎市教育委員会などは「さまざまな国の人々が暮らしている社会的状況への配慮をすべきではないだろうか。」と、単に表現方法がまずかったにすぎないという次元にまで、この問題のレベルを下げた。
 調子付いた福岡市立小学校校長会は、指摘のあった文言が「学習指導要領に基づいた評価項目であり、問題ない。」という点を確認した上、「年度の途中での変更は混乱を招く可能性があるから」というよく分からない理由で、削除・訂正には応じない方針を決めた。そして、福岡市教育委員会も「通知表は各校長の責任で決めるものだ」として決定を追認した。さらに校長会は、疑問をもつ人に対しては個別の説明をしたり、保護者懇談会で理解を求めたいとも話しており、反対意見が現場で封じ込められることが必至の状況である。

2. 憲法、教育基本法の精神
 私がこの場で述べる必要もないことだが、明治憲法下においては、主権は天皇にあり、国家主義がとられていた。それが、第2次世界大戦の反省を踏まえて、国民主権を掲げた日本国憲法が制定され、その教育の場面における具現化として教育基本法が制定された。この教育基本法制定の目的は、戦前の軍国主義、国家主義を排し、平和・文化国家の建設、民主主義、自由、平等の実現を目指して、人格の完成を教育の目的とするところにあった。
 その教育基本法前文第2段、「われわれは個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない」は、戦前教育の反省の上に築く新しい教育の基調を示したものであり、教育基本法の粋である。
 ここにいう「真理と平和を希求する人間の育成」とは、戦前に国家にとって有益なもののみが真理とされたことの反省から、真の科学的探究を追求しようとする真理教育のことを指す。
 また「普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造」とは、「教育基本法の解釈」(教育法令研究会著、国立書院)によれば、「単に文化形成個人のみでなく、その属する民族、国民に固有な個性を含む」とされている。そして、「個性ある国民文化の形成」については「ある民族が国民的特性を得ようと努力することではなく、自らを忘れて普遍的妥当性を有する課題に自らをささげるとき、はじめて個性ある国民となることができるのである。意識的な郷土芸術や祖国文学というものは、芸術的には常に第2級に位置するものである」と明快に述べられている。
 これらのことからすれば、「(わが)国を愛する心情を持つ」ことや「日本人としての自覚をもとうとする」ことを、通知表で評価することで生徒に押し付けることは、「個性ある国民文化の形成」するものとは決していえないばかりではない。これは、真理教育を完全に放棄するものであり、民主的な教育基本法や日本国憲法の精神をなぎ倒し、戦前の国家主義、軍国主義に直結していく危険をふんだんにはらんでいるのである。

3. 「教基法改悪に反対する市民の会・福岡」の活動
 これも皆さん十分ご承知の通り、この愛国心通知表問題は、現在中央教育審議会で審議中の教育基本法「見直し」問題の前哨戦である。そして、「見直し」教育基本法は、未来の軍国少年の育成を可能とする意味において、現在国会で審議中の有事法制法案の重要な一翼を担う。
 私には、敵が「本番もすぐに勝つもんね。」と、この福岡での一連の騒動をにこにこ見ている気がしてならない。この敵の鼻をあかし、日本国憲法をも揺るがす教育基本法「見直し」になんとかSTOPをかけなければなるまい。
 そうした思いから、福岡では「教育基本法改悪に反対する市民の会・福岡」が結成された。とにかく参加者のできることからやっていこうと元気に活動をしている。ある者は集会を開きたい、ある者は映画上映会をする、ある者は劇をしたい、デモ行進しよう、署名を100万名分あつめよう、Tシャツを作ろう等。
 今は、12月7日に福岡で行われる公聴会に向けて活動を強化している。具体的には、12月6日までに、2回「反対する市民の会・福岡」主催の集会をして、福岡市民のみならず、我々と同じような活動をしている団体への連帯をも呼びかけていきたいということが1つ。そして、12月7日の公聴会では、事前に繁華街でビラ撒きをし、福岡市中の人で公聴会開催会場を1000人の人間の鎖で取り囲こむ。公聴会が始まれば、会場の横の公園で野外集会をする。もちろん、それまでに連帯している他の団体にも参加してもらって、楽しく公聴会を盛り上げていく。
 これらのために、日夜作戦会議を持っているところです。

<通信02.11月号より>
ウィンドウを閉じる