更なる厳罰化の圧力
飯野 海彦(北海学園大学法学部教員)

 5月号末尾の次号予告にて、「法学者の立場から書いていただく」と紹介されたものの、はて困った…「改正」少年法が施行された現場にいらっしゃる実務家の方々と異なり、私の手元に入る情報と言えば、5月号に掲載されたような統計上の数値のみです。それでは、改正少年法の解釈上の疑義について…いいえ、そういうものが有るのだとしたら、その解決は「本物の法学者」に任せ、私は法学者というより法学教育者の端くれとして、今法律を学びつつある学生達の目を通して見えてくる「改正」少年法に対する一般人の受け取り方といったものを考えてみます。

「日本の少年法は軽いと思う。近年、少年犯罪が凶悪化してきている。しかし、罪は比較的軽くなってきている」「日頃、ニュースを見ていて日本の少年法にはつくづく納得がいかなく腹を立てていました。基本的に少年法や日本の刑法は甘いと思います」「私は、未成年者が、いくら凶悪な殺人を犯しても、少年法で守られていることを疑問に思う」「アメリカの少年法と、日本の少年法を比較した時、日本の少年法はまだまだ見直しが必要…本当に国民の役に立っているのか疑問…」。以上は、私の演習申込書に記入された志望理由から敢えてそのまま抜書きしました。何れもこれから初めて少年法を学ぼうとする二年生乃至三年編入生の書いたものですから、学習が進めば考え方も変って行くでしょう。しかし、彼らの殆どが、今も未成年或はつい最近まで未成年、すなわち少年法の対象年齢であったわけで、きちんとした調査の結果とは言えませんが、この世代の少年法に対する見方の一端をこれらの文章に見て取れるわけです。

 また、私が奉職する大学の法学部指定校推薦入試で、受験生から事前に提出される作文や面接試験での応答に、更に下の世代、つまり少年達の非行少年に対する見方を垣間見ることが出来、それは概ねとても厳しいものです。

 推薦入試の受験生は、勿論成績優秀な子達ですし、私のゼミを希望する学生の殆どは、ギャング・エイジを問題行動に走ること無く過ごし、真っ直ぐ大学まで来たわけですから、逸脱行動をする少年達が許せないというのは、若者らしい真っ直ぐな気持ちの吐露と言えましょう。子どもは子どもに対して厳しいのです。ただ、その厳しさと一体化した「少年法は甘い」という認識は何処から来たのでしょうか。

 少年非行を作文のテーマに選んだ高校生達は、少なくとも少年法に関心が有って法学部を志そうとするわけす。しかし、面接試験において、「少年法の何処が甘い?」と突っ込むと、少年法そのものについての知識は思いのほか少なく、多くの受験生は返答に窮してしまうのです。一方、少年犯罪に厳しい意見を持つ学生達も、私のゼミの門を叩いて少年保護手続について理解を深めるとともに、その認識を改めて行くのです。これは、私が非常勤講師を務める警察学校で仕入れたネタで伝聞ですが、同様のことは少年法を「適用される」側の少年についても言えるようです。「子どもは何をしても少年法が守ってくれる」式の所謂「確信犯」が居ると言われます。その子が暴走行為などをして逮捕されると、「えっ!なんで子どもなのに逮捕されるの?」と騒ぎ、実際の少年保護手続を知るとシュンとなるそうです。その後、彼らなりに少年保護手続を学習して認識を新たにすることは、少年保護手続における二度目のお客(再犯)の少なさに如実に表れております。

 こういった少年犯罪に対する厳しさもその裏返しの甘さも、少年法についての情報と理解の不足によるものと思われます。これは、偏に私達法学者の啓蒙活動の至らなさゆえと言えましょう。中・高校の先生方でさえ、実際に教え子が警察に検挙されるようなことが無い限り、少年法の知識を持ち合わせていらっしゃらない場合が殆どで、それゆえ子ども達に教えてあげることも出来ない。そして、「改正」前夜がそうであったように、少年法の真の姿を知らない人々は、ブロッケン山の妖怪のような実体の無い「少年法はまだ甘い」という幻影に拳を振り上げることになるのです。

 現実の「改正」少年法運用状況はというと、5月号にもありましたように「厳罰化クッキリ」です。「原則逆送」事件のうち、殺人、強盗致死については事件数が少ない為、逆送率の増加は事件固有の事情が偶々絡んでいる故かもしれませんが、傷害致死事件の過去5年間の平均逆送率9.1%から66.7%という「異常増加」は、事件を通して見える子どもの問題性に応じた処分を考えるという「行為者主義」から、「致死」という結果に応じた処分という「行為主義」への少年保護手続の変容を物語ります。さらに前号で弁護士の平湯さんが、家裁における「結果に着目しての処分決定」の「原則逆送」事件以外への拡大傾向を指摘しておられました。これが全国規模での傾向であるとしたら、社会に取り有害な結果を引起した者に対し徹底的に責任を追及し、罪を償わせるという応報刑思想への危険な傾斜であり、健全育成・保護主義を掲げた少年法がこの一年で大きく変ってしまったことになります。逆送後、たとえ執行猶予が付くことがあると言っても、調布駅前傷害事件で最高裁が、「少年保護手続から放逐する『逆送』は、それだけで子どもにとって不利益な処分である」という認識を示しているので、逆送率の上昇は少年法の厳罰化を如実に物語るものと言えましょう。

 私は裁定合議制や検察官関与を盛り込んだ少年法改正を評して、「大人が寄って集って子どもをボコにする改正」と言っておりました。この先少年法が、審判廷で子どもをボコボコにした上、逆送して公開の法廷で更に引っ叩くような運用になっていくのだとしたら、最早ジョークでは済まされません。私達は、四年後の少年法見直しに向けて、あらゆるチャンネルを通して「改正」少年法の「現実」を世間に知らしめ、実体の無い幽霊のような認識を基にした「少年法は未だ甘い」という更なる厳罰化圧力が世論に湧き起こらないよう努力して行かなければならないと思います。

<通信02.6月号より>
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